【連載】「ここで働き続けたい」と思ってもらえる事務所の作り方- 福利厚生編 –
2023年3月17日
1.はじめに
もはや言わずもがな、業種・業態の区別なく全国的に慢性的な人手不足となっています。日本の出生率(1.34)を考えれば、今後より一層深刻化することは間違いありません。労働集約型産業であるサービス業においては、人手不足は経営に大きな影響を与える課題と言えます。特に税理士事務所は顧問先との長期にわたる関係づくりが重要であり、かつ一人前の担当者に育つまで数年掛かることから新規採用はもちろんのこと、既存職員の安定就業も重要な課題となっています。期待していた職員に辞められてしまった時の精神的ショックは相当なものです。
「どうすれば永く働いてくれるのか」の答えは、「なぜ辞めてしまうのか」の理由と表裏一体です。永く働いている本人ですら「なぜ永く働けているのか」を明確に答えられる人はあまり多くいません。逆に辞める人の理由ははっきりしています。であるならば、辞める理由を理解し、改善することができれば「ここで働き続けたい」と思ってもらえる事務所に近づくことができます。
そこで私達が見てきた全国の税理士事務所で起きている主な退職事例を共有させていただくことで、大切な職員の安定就業に繋げていただくヒントになれば幸いです。
2.給料が低い、昇給がない
働く職員の退職理由上位にランキングされる待遇について考えてみましょう。
たとえやりがいに溢れる業務だったとしても、賃金に不満があったとすると退職される可能性が高くなります。若いうちであれば「スキルアップのため」と割り切れますが、年齢を重ねるにつれてライフステージも変化するため、結婚や子供の誕生、それに伴うマイホーム購入や学費といった生活する上で掛かってくるコストを考えると、どうしても転職が頭をよぎります。ただでさえ人手不足が叫ばれる昨今において、会計スキルを持った人材であれば税理士業界だけでなく一般企業への転職も容易なため、いくらでも好条件の求人を見つけることが出来ます。
このような状況の中、「給料が低い」「昇給がない」という不満を持つスタッフを減らすために、皆様はどのような工夫をされていらっしゃいますか?
やはりまずは、給料の源泉である「売上」を確保し、成長を続けることが必要です。
そして、納得感のある賃金体系・評価基準を設けることも非常に大切になります。
※評価や賃金体系に関しては別章で紹介しています
売上の確保は、「数量」つまり顧客数と、「単価」を増やす取り組みになりますが、いずれにしても「顧客満足度を高める」ことがポイントです。顧客満足度を高めることで、新たな顧客(数量)をご紹介いただけることもあれば、信頼関係が構築されることで、付加価値サービスの受注(単価)にもつながります。
顧客満足度を高めるためには、「最新情報」と「顧客情報」を把握することが基本です。「最新情報」は、顧問先にとって有益な情報をいち早くキャッチし、わかりやすくスピーディーに提供すること。「初めて聞いたよ」と言われることを目指して、情報収集と情報提供に努めましょう。
「顧客情報」は、その顧問先のことをよく知ること。会計事務所は会社のお財布を見せていただける稀有な業界です。保険の契約情報、社長の関心ごと、経営理念など様々な情報を集めておきましょう。
そして、2つの情報を元に、適切なタイミングで適切な提案をすることが、顧客満足度に直結するサービスとなります。そこから、事務所としての新たな商品(サービス)が生まれていくのです。 会計業界は、月額顧問料という慣習があり、極端に言えば「何もしない月があってもお金が入る」というビジネスモデルが主流です。ここに甘んじることなく、常にお客様のことを考え、お客様のためになることを探していきましょう。
3.有給休暇・特別休暇が自由に使えない
「ライフワークバランス」を重視した働き方の変化により、休暇の取得についても不満の要因になることが増えてまいりました。求人サイトを見ると、求人を掲載している会計事務所の多くが、有給休暇取得率をアピールしています。あなたの事務所の有給休暇取得率は把握されていらっしゃいますか?
2019年の日本の有給休暇取得率は52.4%(厚生労働省「就労条件総合調査」)でありましたので、最低でも平均の水準はクリアすべきでしょう。有給休暇取得率をアピールポイントにしている会計事務所はというと、80%~100%というところが多いようです。
自由に休暇が取得できない原因として、
● 業務が属人化しており、休暇中に業務がストップしてしまう
● 業務量が多すぎて、1日も穴を開けられない
● 周りに気を遣って休暇を申請しにくい
という理由を挙げる方が多く、大きく分けると「仕事の割り振り方」「事務所の雰囲気」に問題があることが多いように感じています。
「仕事の割り振り方」については、極力属人性を排除すべく、業務を見える化することがポイントになります。担当者の頭の中を頼るのではなく、例えば
● 上司や所長への報告だけではなく、職員全員に向けた報告を徹底する
● 誰の担当先であろうと顧問先の情報へアクセスできる環境にしておく
● 業務の負荷がかかっている部分を把握し改善する(別章にて紹介)
● 業務がどこで止まっているか(どこまで進んでいるか)がリアルタイムに近い形で相互に確認できる状態にしておく
という意識をすることで、欠員があっても困らない体制を構築することができるでしょう。
一方、「事務所の雰囲気」を変えるには、上司や幹部から積極的に休暇を取り、休暇を推奨するムードを作ることをお薦めします。休暇を取れば他人の休暇にも寛容になれますし、互いを思いやる気持ちも生まれます。
休暇を取得する日はスケジュール上でしっかりメンバーへ共有しておきましょう。
スケジュールの見える化も、大切な業務の見える化の一つです。 これらを意識して是非、有給休暇取得率80%超えを狙ってください。
4.評価基準が不明確で納得感がない
昨今の人材採用難に伴い、退職率・離職率を抑えるべく、評価制度を導入される事務所が増えてきたように感じます。では何故、評価制度を導入している事務所では退職率や離職率が抑えられているのでしょうか。
答えは『モチベーション』にあります。モチベーションにも外発的要因と内発的要因の2種類がありますが、ここで重要になってくるのは内発的要因です。
外発的要因とは『お給料』や『ボーナス』『マージン』等の評価や報酬、或いは『○○をしなければペナルティが発生する』等の罰則や責任などがイメージしやすいのではないでしょうか。この外発的要因にフォーカスを充てている会社や事務所も多いと思います。ですが、外発的要因は他の人と比較出来てしまうことや報酬や責任に『慣れ』が発生してしまうこと、外部からの働きかけがなければ動かないという側面があります。
つまり外部からの働きかけによりモチベーションを維持するためには、比較されても問題ないレベルで満たし続けてあげる必要があり、また、同じ報酬や責任を維持するだけでは現状に慣れてしまい満たされなくなってきてしまうので、強度を強めていく必要があります。
一方で内発的要因は自分自身からモチベーションを高めていくということになります。その一つの道具として人事評価制度というのは存在しています。もちろん、『評価』をするということやその結果を報酬に反映させるという意味ではダイレクトに外発的要因に関わる部分でもあります。ですが、内発的要因でもっとも重要なことは『自身の納得感』です。もし自身の納得感のない評価を元に報酬をもらったとして、報酬を支払った側は報酬をあげていると思うかもしれませんが、報酬をもらった側は納得感を得られているでしょうか。おそらく完全な納得や満足をしてはくれていないでしょう。このミスマッチから不満要因が溜まり、退職・離職に繋がることになります。
評価の高い低いに関わらず、職員が自身の受けた評価に納得できる基準が明確にされていないとミスマッチが起こってしまいますので、この意味において評価制度や評価基準とは内発的要因を満たすために非常に重要な仕組みなのです。
では納得感のある評価基準を作るにはどういうステップが必要なのでしょうか。
まず前提条件として整備しておかなければいけないことがあります。
- 経営方針(ビジョン・ミッション)の明確化
- 組織の再構築と部門ミッションの明確化
- 人材要件の明確化とキャリア開発ルートの整備
- 人事・評価ガイドラインの明確化
この記事の監修
野村治史
株式会社名南経営ソリューションズ
カスタマーサクセスグループ・マネージャー
東京事務所所長